創る、伝える、企画する日々ダンス漬け!伊藤直子の超日常


by session-house

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昨年夏のアヴィニョンからの挑戦、10月札幌にて無事終了。
関係皆様のおかげです。

いろいろな劇場で上演できる機会は、そうはありません。
10年も繰り返し繰り返し、場所を変えて上演できたことに感謝の
気持ちでいっぱいです。

最後に出逢ったコンカリーニョという劇場の努力に出会い、
育たない作品に付き合ってくれた歴代ダンサーの努力と、
現在のダンサーとスタッフの努力が実った!と実感しました。

各地で迎え入れて下さる制作者はいつもがんばって下さいますが、
残念ながら、まだダンスは観客動員がきびしい、、、のは当然、、
しかし、日本各地の劇場をめぐりながら、
セッションハウスでダンサー達と共同しておこなう公演と、
何でこんなにもかけ離れているのだろうと、大赤字を抱えながら、
世界と日本の劇場システムの差に愕然としていましたが、

札幌に行って、初めて同じように作品に向き合い、共に創り、
赤字も共に考えてくれ、サポートしてくれる劇場に出逢いました。
セッションハウスと同じ、そのことが、一番の喜び!です。

各地でダンスを伝え、最大の努力をするのは、当然のことですが、
素敵な参加者と一期一会のダンスが出来たのも大きな喜びでした。

実りの秋に収穫できた10年物の「赤い花白い花」、
どこかでまた踊り、出会いの「それから」がありますよう。
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by session-house | 2014-10-30 15:49

心配事

毎月通う気功治療の蘇先生は、5月のダンス学校でも
気功クラスを担当してもらい、皆で体不思議体験をして
いますが、名人は顔を見ただけでぴたりと言い当てられます。

この前は「心配事がありますね」といわれ、あーその通り!

しかし、問題のない家はない!と昔から言われるように、
皆誰でも、大なり小なり心配事はあるものでしょう。
乗り切れる問題は総出で力を合わせてがんばります。

ダンスの問題は、観客動員が難しいこと!
ずっと乗り切れないこの問題をクリアしたく、頭をひねりきります。
それが心配事として、蘇先生に見えたのでしょう。

作品創作で出来る努力、制作がすべき努力、スタッフ全てが
負う努力、それぞれに努力するのだけれど、一般に届かない。

「ダンスブリッジインターナショナル」など、作品がいいだけに、
もっと観てもらいたい思いでいっぱい。
マドモアゼル・シネマの札幌もたくさんの方にお願いして、と、
出来るお願いはしているけれど、ダンスのファンがまだ少ない!

今日は、どうしても観たかった大方斐紗子さんが出演している、
二兎社公演「鴎外の会談」を観てきました。
作品の力強さ、大方さんの引き込まれるような演技はもちろん
素晴らしいですし、平日の15時開演で会場はいっぱいの人!

感動で大きな拍手を送り、
帰り道、考えるのは、私たちの問題はなんだ、ということ。
心配事はお金の問題に見えて、
実は問題はもっと本質的なことなんだよな。
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by session-house | 2014-10-22 19:41
明日から始まる「ダンスブリッジインターナショナル」
私たちのするダンスは多様性が特徴なので、説明が難しい。

今回は料理にたとえてみます。
一品ずつ違う味わいの料理が3品並び、それぞれ
すごく美味しい、という状況が明日からの公演。
グルメ番組のように、それぞれの味わいを説明すると、

太田ゆかりさんは、視線のダンス。
見る側の視線も共に流れ、楽しめます。

ニヴァンテ、藤田善宏さんと村田正樹さんは、音のダンス。
モノとモノ、体とモノ、体と体、接する音が楽しめます。

ニナ・ディプラさんは物語性のダンス
ストリーはないけれど、伝わる物語を楽しめます。

どれがメインディッシュということではない、ダンスの一品。
こんなにも、違って楽しいダンス、なのに、
コンテンポラリーというジャンルへのとっつきの悪さ、、、

一般の人に見てもらいたい、ダンスを集めて
「ダンスブリッジインターナショナル」いよいよ明日から!
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by session-house | 2014-10-17 21:53
踊らない私のダンスの現場は企画と振付け。踊りながら創れとアーティストの友人たちには言われてきた。踊る感覚はなくしても身体性はあるし”想像力”というどこでもドアはなくならない。「赤い花・白い花」は10年以上
続けているレパートリー。最初の大きな赤や白の花はどこかに消え、いつか桜になって日本列島を北上するようになりました。再演のたびに発見があり変化していく作業は、題名とも離れていって、、、
今年、茨城のり子さんの詩を手がかりに再演のための見直しをすすめる中で出あった「さくら」という詩。それは赤い花を生の、白い花を死のイメージとして作った初演に戻る作業でした。
挑戦を続けていたからの発見。若いダンサーも10年の年をとり、そしてまた次の世代の若いダンサーが共に踊り、と続けてきた作品です。あのときが良かった!このときが好き!といろんな意見があります。
私はいつもその時やっているのが一番好きですが、今度の好きは大きいです。季節はずれの桜が咲き、散る一時間、私の手を離れダンサー達が生き踊る様子を遠くから見るのが踊らない私の本番です。
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by session-house | 2014-10-02 14:25