創る、伝える、企画する日々ダンス漬け!伊藤直子の超日常


by session-house
マドモアゼル・シネマダンサー3人と「赤い花白い花」を踊りにまいります。昨夜シンガポールのドキュメントを見て、どんなところか予習。ぴかぴかな大都会な感じで、マドダンスでいいのかしら、とちょっと不安。きっとスタイリッシュなものが求められているぞと思うけれど、私たちのダンスはほど遠い。

できることを精一杯頑張ってきます。男子2名女子2名のシンガポールのダンサーが仲間に入り、踊ってくれるのが楽しみ。いつかブルガリアで男子学生だけで踊ってくれた時、私たちは泣きました。今度も生き生きと蠢くダンスを共有できるよう、身振り手振りで伝えてきます。

留守の間もダンス公演は続きます。ぜひ観てください。
クラスは昼はいろんなダンサーたちがリレーで繋ぎます。これは楽しいものになりそうです。夜は大樹さんがリリース初級をやってくれます。

帰ってきたら、8月の札幌に大集中します。そして11月のディナーショー、申し込み締め切りを留守中の14日にしていました。間違いです。帰ってきてからに致します。7月いっぱい、様子を見ながら進めていきます。なんだかいろいろありますが、全部楽しくやりましょう。
行ってまいります。

書き忘れ!期日前投票済ませてきました。若い皆もきっと選挙行ってください。ダンスができる平和が続いてほしいと思うなら!
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# by session-house | 2016-07-04 17:45

ダンスする行為

今年は設立25年目だけれど、大きなお祝いをする気力がないのです。20周年企画は燃えに燃え、準備をしたけれど、その年に起きた3月11日の東日本大震災。あれから私たちは違うページを歩き始めたように思います。先日見た飯館村の栄子さんたちの映画を見ても、何も解決されない現実を必死に生きている姿が描かれておりました。放射能は他の災害とまったくレベルも質も違います。個人の努力が届かない現実の中で、個人の努力だけが続いています。頭が下がる皆さんの暮らし、誰も責任を取らないこの国で、孫やひ孫に責任を取りたいとおばあちゃんたちが語り継ぎます。

良平さんが素敵な言葉を伝えてくれました。「ダンスの扱い方を開発し、ベストを尽くす」。それ以上でも以下でもないダンスへの取り組みを言葉にしてくれました。それぞれがベストを尽くすことのできるダンス=身体表現の開発は、コンテンポラリーダンスのだいご味です。今年の秋のダンスブリッジのための打ち合わせが始まっていて、良平さん、大樹さんと話し合います。今年からディレクション制でプログラムを組み立てますが、良平さん、大樹さん、私の3人のディレクションと、いまセッションハウスがぜひ見ていただきたいダンサーたちの一夜との4企画が並びます。まだ企画段階で詳細は後日発表ですが、それぞれの「ダンスする行為」にベストを尽くすことになると思います。
「ベスト」の答えが一つではない、このダンスの魅力を、こんな時代だからこそ精一杯伝えなくては!と思います。

祝祭の気持ちはないけれど感謝の気持ちはいっぱいです。25年も続けてこられたのは通ってきてくれたダンスクラスの皆さんあればこそです。私のクラスのみでお許しいただき、感謝祭を11月23日に開きます。お料理上手のいるわがチーム、ここはディナーショーと打って出ます。出演はクラスの老若男女?男子が出てくれるかは自信がありませんが、50歳の歳の差ダンサーたちが踊る一夜になるでしょう。お客様も一緒においしさを楽しみ、飲み、ダンスする行為に対する私の思いをお伝するつもりです。
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# by session-house | 2016-06-15 19:29

今年も挑戦!

今年はレパートリーをカンパニーダンサー以外と踊る初挑戦に挑みます。2004年、初めてブルガリアにツアーで行ったときテレビ取材を受け、最初の質問が「あなたはこのダンスを100年後に残したいですか」というものでした。反射的に「残したいです」と答えました。その番組は古い日本を今につなぐダンスとしてマドモアゼル・シネマを紹介した国営放送の30分番組。そのことはいつも頭を離れず、残すということの可能性を考えてきました。再演のたびに変わり、ダンサーが変わればまた変わる経験を重ねてきましたが、残るものがあることも発見してきました。その時の”思考”が残るのがコンテンポラリーかなと、今は考えています。

直接に動きを伝えるのはダンサーたちです。伝えることで、もう一度問い直しが始まります。自分の経験を伝えるのは、誰にでもできることではありませんが、苦労が大きく経験が多いと、自分の思考と作品の持つ意図を重ねることができるようになります。レパートリーをダンサーたちの財産にしていくことで、私はいま100年後を目指そうかなと夢を膨らませています。

2004年にインタビュアーに問われた作品が「赤い花・白い花」、まさに今回の作品です。各地で踊り、アヴィニョン演劇祭でも2週間踊り、経験を重ねてきた作品です。その時のダンサー3人がシンガポールで、札幌で、と伝える作業に挑みます。
マドモアゼル・シネマのダンサーたちが共有する財産。私も一緒に、私なしでも、見知らぬダンサーたちがレパートリーを踊る姿を夢想する、私の子供っぽい、真剣な夢です。
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# by session-house | 2016-05-26 15:42

女の喜怒哀楽!

今週末に迫ったマドモアゼル・シネマの新作公演。ダンスシアターは振り付けが振りを作りそれを踊る、という行為から遠く離れています。たくさんの問いかけにダンサーが応え、その動きや言葉の断片をコラージュしていきます。ピナ・バウシュを初めて見た時の衝撃から30年近くたちました。真似してもあんな世界が見えるはずもなく途方にくれながら自分のダンスシアターと向き合ってきました。
「モノガタリを探して」の中にはたくさんの物語が見えたり隠れていたり、断片を一つの作品にする面白さが今回はありました。物語の劇中劇ととらえていた以前と比べると自由になりました。混在が怖くないのは現在という時と同じだからでしょう。
女たちの喜怒哀楽を文字通り見せていきます。福島飯館村の”一人の百姓のばあちゃん”と自分を語る菅野栄子さんの原発後の話を聞きながら、あの痛ましさや、しかし地に足の着いた生き方に深く共感しました。ダンスもダンサーたちが現在という闇の中で必死でやり続ける努力をしています。その切実さを伝え、語り続ける菅野さんの思いを受け止め、私たちの喜怒哀楽を形にします。ダンスですから楽しい形でそれをお伝えします。
是非見ていただきたいと思います。日曜日がまだお席に余裕があります。私のお知り合いの皆さま、飯館村の”一人のばあちゃん”とたいして歳の変わらぬ私ですが、ダンスという虚実の中で足を地に着けたいと努力しています。美術、衣裳の60代70代のプロが作る舞台の中で、若いダンサーたちが踊ります。まさにダンスは地に足をつける作業です。ぜひ今まで同様応援くださいますようよろしくお願いいたします。お待ちしています。
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# by session-house | 2016-05-12 18:32

モノガタリのすすめ!

あと生きて何作創れるのでしょう。”物語”を探しながらふと思います。明日を物語にすることは出来ないけれど、昨日はもはやモノガタリとなり、私の一部になりました。
子供のころ聞いて、記憶の隅っこに残っていた「お話し」と、いまを過ごしながら生じる感情「モノガタリ」でダンスを創ろうと2月ごろからリハーサルを始めました。あいまいな問いに立ち向かうダンサーたちと、形を作ってきました。目に見えない限りダンスではないけれど、探しているのは目に見えないこと。厄介な問題に四苦八苦するダンサーたちがポロリポロリと形を生み出します。
誰かに見てもらう、その誰かをずっと探し求めている気がします。片想いの人生ですが、勇敢にもずっと自分から告白します。喜んでくれる家族の前で踊った子供のころの誕生会とどこか変わらぬところもあり、しかし家族という認識がずいぶん変わったのは過ごした年月のおかげでしょう。
4月は一日もブログを書けませんでした。私の能力を超えた仕事の量が押し寄せます。一つひとつに全精力で立ち向かいます。振付はその日常の中で、少し違う意味を感じます。他の仕事も日々の暮らしもまっすぐに嘘なく進みますが、振付は嘘も誠も正義も悪事も自由に行き来する、非日常な時間です。これが私を安らげてくれる気がします。モノガタリとなった昨日を抱えながら、明日を考えるダンスの創作、いよいよ山場を迎えます。5月14日15日に向かって進みます。お待ちしています。
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# by session-house | 2016-05-02 14:38